東京は15日連続の雨

週に2日のスタジオの為にクソの役にもたたない仕事を黙々とやり続け、金銭的に厳しくなったら返すあてもない金を女に借り、奢ってもらったハンバーガーを食いながら涙を流して更に惨めになる。

ここ最近は涙も薄っぺらく感じる。

 

友達といえばバンドメンバーと大阪に1人東京に1人。片手で数えられてしまう。でもそれでよかった。安っぽい奴らは本当にごめんだ。

地元の奴らが東京に来ているからと渋谷に来いと招集がかかったが行く気になんてなれなかった。どうせ人数合わせだし、行っても朝までクラブかなんかに入るだけだ。本気で誘いたいなら東京に来る前に連絡をよこすはずだしそうゆう奴らは後々都合のいい時だけ連絡をしてくる奴らだろう。絶対に無視してやろうとおもう。

ただそれでも心の拠り所みたいな物を求めてしまうから悲しくなる。

おれだっておかえりのキスからの優しく微笑んでご飯にする?お風呂にする?それとも…とか言われたい。てか帰ったらご飯ができていてほしい。

 

 

最近は1人になるともっぱら将来の事を考えてしまっている。おれはどうなってしまうのだろうか。何十年も表舞台で音楽をする気になんてなれない。

3枚。これが理想だと思う。4枚以上出すほどおれには才能もない。頭もおかしくなってくると思う。3枚完結で全てを出し尽くすと思う。その後はどうなるんだろうか。結婚でもしているんだろうか。そろそろ幸せになってもいい歳なんではないだろうか。逆に大切な人が居なかったらどうなってしまうんだろうか。首でも釣って全てを終わらしてしまうのだろうか。1人なってなにも残らず更に辛い人生を死ぬ事もできず無駄に生きているのだろうか。

それは考えただけでもあまりにも怖くなってしまうから考えたくなかった。

 

 

大変な世界に足を突っ込んでしまったとたまに思う。底なし沼のように1度突っ込むと吸い込まれていく。怖くなって手足をバタバタさせるほど早く沈んでいってしまう。残された時間の中できっちりやる事を見つけて沈んでいくしかないのだ。そうゆう世界だった。でもそれは自分の人生の価値観になんだかマッチしているように感じた。意味も無く生きていくぐらいなら終わりと分かっていながら生きていく方が気楽に感じる。

心を言葉にする度に何だか薄っぺらく腐っていくように感じるけどこれが今の自分の精一杯の表現なのだろう。

 

コーヒーでも飲んだら家に帰って曲を書こうと思う。そういえば東京は15日連続の雨らしい。8月に入って毎日雨なんて…なんだか同情されている気分だ。

 

誰とも会話しない日は大体こんな感じの日

夜になったら毎日のように公園でサラリーマンが1人で缶ビール片手にブランコに座りながら俯いてる。仕事でも嫌になったかな。今度勇気がある時にでも話しかけてみようかな。

 

今日は一日中誰とも会話する事はなく、起きてから蓮太郎に借りたCDを聴いてから曲作りをした。アレンジが納得いくようにできなかったのでひとまずコーヒーを飲みに外へ出た。本でも読もうと思ったが読み残した小説が恋愛小説だけになってしまって全く読む気になれなかった。ここ最近本もなかなか読まなくなってしまって日常がどんどんぼやけて見えてしまう。そのくせして現実は怖いくらい目の前にやってくるのでどうしてもはっきり見えてしまう。

コーヒーを飲みながら曲の構成を考えてある程度固まってから部屋に戻った。

3時間ほど曲作りに励んだが、やっぱりアレンジが上手くいかず少し嫌になってきたのでまた外へ出た。

外はすっかり暗くなっていた。起きてから何も食べていなかったためお腹が減って仕方なかったのでコンビニでカップラーメンを買った。

家の周辺を適当に散歩した。

考え事をしても漠然と嫌な気持ちになるだけと分かっていても考えてしまって思った通り嫌な気持ちになる。何かあったわけでもないのに落ち込んでしまう。訳がわからないまま腹が立ったりしてくるし泣けたりしてくる。

ため息と一緒に疲れた疲れたって1人で言っているのに気づいて鬱気味だなーって思ったりする。自分の感情が複雑すぎて上手く表現出来ない。人間ある程度の余裕が必要なのだと思わされる。

 

適当な時間に部屋に戻ってさっき買ったラーメンを食べた。もう少し頑張ってみようともう一度ギターを手にとってあれやこれややってみるがやっぱり今日はダメみたいだった。

なんだか疲れてきたのでベッドに横になった。まだ眠れるはずもなくだからってこれ以上ギターを持つのも疲れるし本だって読む気になれなかった。お酒でも飲もうかと思ったがお金が無いのでやめた。部屋すら片付ける気になれなくて横になりながらYouTubeで適当に動画を漁った。

後で大阪の友達にでも電話してみようかな。

 

 

死ぬと思うなよ。

わかるよわかるよってなんも分かってないのに言ってたあいつも嫌いやし真剣な振りしておれの話を電話越しに聞いては形に残る思い出作りに励んでたあいつも嫌いやし好きでもないのにキスしてきたあいつも嫌いやし構って欲しかっただけで相手なんて誰でもよかったあいつも嫌いやし首に跡残るまで思いっきり噛み付いてアザ残してから同じ場所にアザつけられたがってたあいつも嫌いやしみんなおれの事蔑んでみてたのだって知ってるしどうせいつも蚊帳の外で1人で粋がってただけっておれだってそんなん分かってる。分かってるけどみんなだってそうやん。そうやってお前らはお前らでおれはおれやったのに。助けてほしいけど、どうして良いかわからへんし。

お前一回おれにそんな考え方じゃもたへんって言ったけどその通りやったわ。もちそうにない。分かってたけど、でもそうやって考えてしまうしどうしようもないから。楽しもうって思うけどやっぱりもう無理かもしらん。

 

こうゆう事考えてたらいっつもおかんの顔でてきて涙とまらんくなったりする、こんなに親不孝でごめんなさい。何回も泣かしたし、ど突いたし、ふすま挟んで聴こえる泣き声がなんとも思わんくなったし、聴こえてきてたまにそれがうっとおしくて怒鳴りながら壁殴りまくったし、おかんが私が1人やから舐めてんねやろ。父親おらんからって舐めてんねやろって言って泣きながら包丁持った時は流石に涙止まらんかったわ。おれが辛くて辛くてしんどくて毎晩寝られへんかった時、おかんにあたりまくって毎日泣かしてあの時におれがベロベロで帰ってきていきなりもうしんどいって言ってリビングで大泣きしだしてそん時抱きしめられたせいで一生分泣いてしまった。ついでにつられておかんも一緒に泣いてた。20歳になって抱きしめられる母親の腕はこの世の何よりも強かったし、暖かかったです。料理下手やし、掃除せえへんし、洗濯も適当やし、弱いし、泣き虫やし、弁当も作らんかったし、授業参観も来んかったし、運動会だってこうへんかったし、急にどっかいって何週間も返って来んかったり、3日分の飯代って言って仏壇に1000円しか置いていかへんし、そんな母親でもいいからまた来世もあなたの子供として生まれたいです。愛してます。

 

 

なんで音楽してんのって言わんといて。

したいからしてんねん。

だってこれしかないもん。

 

なにがあってもやっぱりもうちょっと頑張ってみよっかなって毎日思ってる。いつまで続くかな。続く限り。。だって、、、だってなんやろ?

 

机の上の火垂る。


John Frusciante - Smile From The Streets You Hold

またあの時の昔話になるけど記事にしてるのは10回に1回ぐらいで本当は2日に1回ぐらい未だにおれを襲ってくるから。

 

 

 

タケさん、いま何してるかな。

タケさんは当時25歳で沖縄出身で全身タトゥーだらけ、訛りが酷くていつもおれに彼女を作れってうるさかった。肩の綺麗なバラのタトゥーが印象的だつた。もうあれからほとんど連絡もとっていない。

おれと意識が無くなるまで薬でぶち上がったり死ぬほどマイノリティーになったりたけさんの心の闇を泣きながら赤裸々に聞いた日もあった、だいたいマリファナを一緒にやった後おれがタケさんに米を炊けとゆわれて2人で白飯に塩をかけて上手いっつて食ってた。

匂いが充満した部屋でおれ達はただただ生き方が分からない様子だった。マリファナを吸って酒を飲んだ後音楽を流して米を食ってまたマリファナを吸って酒を飲んでオキシコドンを潰して鼻から吸った後コカインをやってまたマリファナをした。そろそろ眠ろうかと睡眠薬を飲んで各自の部屋に戻った。それでも僕は眠れなかったから1人で鼻から粉を吸い込んで精子を出した後ついでにマリファナをダメ押しでもう一回した。それでも眠れやしなかった。机に座って見える火垂るの数を数えた。

気づけば意識を失っていて起きて顔を洗うより先にマリファナを巻いた。風呂も入らずヒゲも剃らずボロボロでギターを持ってその辺をウロついて黒人やらホームレスによく物乞いされたり襲われかけたりした。

そんな生活を約2ヶ月送っていた。

 

タケさんはある日お前はおれに似ているって言った。おれもそう思っていた。自分がどうゆう人間か分からないままおれの歳まで生きてしまうとこうなる。お前はそうゆう奴だ。でもそれはやめろ。お前は音楽を本気でできるなら絶対それを天職って信じてやり抜け。相変わらず血走った目でおれにそうゆう感じの事をいった。僕はすでに自分を信じきる事なんて出来ずにいた。タケさんがいる時以外はずっと泣いていたしもう自分を表現する事なんてできないと思ったし、僕はずっと孤独に生きていくか死んでいくかどっちでもおんなじような事に思えていたし、呼吸するようにギターを弾いたってそれがその先に繋がるイメージがまるで思い浮かばなかった。毎日ベッドでニヤケながらヨダレと涙を流して消えてなくなりたいってそう思っていた。本当の自分は2ヶ月間真っ暗なところでうずくまったままだったし……

タケさんはニーチェの名言集が愛読書でその日ニーチェの話と抜粋した言葉を僕に与えてくれた。少し心が安らいだ。

タケさんはひと足先に自分の部屋に戻った。

僕は同じ言葉を思い出して勇気が出たり、悲しくなったり、惨めになったり、泣きたくなったり、嬉しかったり、1人ではないと思ったり、色んな感情に襲われた。

その後ベロベロになって帰ってきた隣の部屋の3つか4つか5つぐらい年上のアル中の人(名前も覚えていない)と少し話した、彼女も彼氏にフラれて悲しみの底にいるみたいだった。僕らの周りは闇だらけだった。彼女はハッパはしないと言うので僕はもう一本吸った。アル中の彼女はハッパの気持ち良さが理解できない様子だった。酒があればどこまでも飛べると虚ろになった目で話した。僕は飛び方が違うと一瞥した。

しばらく話した後彼女が僕を部屋に強引に連れていった。その後僕と彼女は裸で彼女の部屋にいた。彼女はほとんど意識がない様子で誰かも分からない男の名前を何度も呼んで喘いだ。僕はまた死にたくなった。

 

タケさんの隣の部屋、1番端に住んでいたのはダイスケさんといって名古屋出身のカメラマンだった。彼も全身にタトゥーが入っていて左肩に綺麗な砂時計のタトゥーが入っていて、ハイになるたびに砂時計の儚さと美しさについて耳にタコができるぐらい聞かされた。

彼はある日どこかの黒人グループからマリファナを鉢ごと持って帰ってきて壁じゅうに満遍なくマリファナを吊るしていた。ダイスケさんの部屋に行くと適当に手を伸ばしてハッパをちぎり取ってそのままスラッシャーで潰して新鮮なハッパをいつでもいくらでも堪能できた。

僕はいつもハイの状態がいつまでもずっと続けば幸せなのに、と口癖のように呟くようになっていてある日ダイスケさんは痺れを切らしたようにおれはハッパしてなくても幸せだと言った、考え方しだいと言った、僕は泣いてしまった。

きっと泣いたのは真っ暗な所にいる方の僕だと思った。その時初めてもう日本に帰りたいと思った。ただ周りにボロボロになって変わってしまった自分を見られるのが嫌だった。もう誰にも会いたくないと思った。が、もう1人の僕がみんなに会いたいと心から願い始めた。寂しさは人を殺すのだと気付いた。日本に帰ったらみんなに会おう。そう思えた。

 

 

日本に帰る日、相変わらず生活はボロボロだったが日本に帰るというその心意気だけで前を向いていた。タケさんが大阪で売人を紹介してやると言ってくれてどっちつかずの返事をした。タクシーに乗り込むぎりぎり直前まで薬をした、もうしばらくできないと思ってこれまでにないぐらいたらふく薬を摂取した。泣きながらタケさんとダイスケさんに挨拶をしてタクシーに乗り込んだ。ニューヨークの景色を見ながら初日には考えれないほど流暢にタクシーの運転手と会話をした。

 

僕は相変わらず泣いていた。

今度はこっちの僕も泣いていた。

 

 

 

止まらない。止まれない。

全てがうまくいくってそう信じて進んで…

躓いて…

そうじゃなかったって気づいて…

今にすがりついていたくなって…

でもまた立ち上がって進んで…

また全てがうまくいくって信じて……

また躓いて…

もう立ち上がれないと思って…

駄々っ子みたいに捨てては拾って失っては手に入れて答えを探して……

不正解ばっかり拾って……

正しい物がなんなのか分からなくなって……

それでも諦めたくなくてまた立ち上がって…

…また躓いて…

また立ち上がる。そしてまた全てがうまくいくって信じる。ただただ信じる。後悔させない。自分も他の人間も。止まらない。止まれない。

今ここ。

 

夜中に眠れず思考があっちこっちに飛んでいき自分の人生すら振り返っていた。考えれば考えるほど結局はやるしかない事に気付く。というか知っている。そんな事は分かりきっていてもそれをすぐに正直にまっすぐ受け止めれるほどおれはうまく出来ていない。少し時間が必要だ。

あの頃みたいに夜中に勇気づけてほしい。受け売りでもなんでもいいからおれに素敵な言葉を授けてほしい。まぁ小説の受け売りやけどなって口癖が懐かしい。大丈夫、大丈夫やからって口癖が懐かしい。いつもみたいにそのまま夢にいざなってほしい。悲しく泣いているおれを抱きしめてほしい。おれの寝言の話で笑顔になんてしなくていい。ただ目の前で素敵に透き通っていて。ほんとは悲しみは口にするより表現していたいから。一度も口にした事は無かったけど幸せは口にするから。だからもう一度傷つけて。今度は噛みちぎってくれたっていい。背中の爪の跡もすっかり消えてしまった。

 

 

全て上手くいく事なんてない。

でも止まらない。止まれない。

ここまで来たら進むしかない。

止まらない。止まれない。

まだ抱きしめられない人がいるから。

止まらない。止まれない。

止まらない。止まれない。

止まらない。止まれない。

 

ゲシュタルト崩壊

 

お金がない。

お金がない。これはシビアだ。切実に苦しい。夜勤を今週いっぱいで辞めるのはいいものの次の仕事をまだきちんと見つけれていない。

そろそろ薬が無くなるから病院に行かないといけない。また高い薬を買わないといけない。薬代だけでも厳しいのにそもそも保険料をまだ払っていない。市民税も年金も払ってない。そんな事を言い始めたら水道、電気、ガス代もはらっていない事に気付いた。ついでにネット代もまだ未納だった。合計でいくらになるかなんて考えたくもない。

ただでさえ喫煙者は人より多くの税金を払って人より早く死ぬのだから勘弁してほしい。

とりあえず年金と市民税は払えるような額ではないから諦めよう。

それでもほぼ一文無しになる事はしっかり理解した。

今日も賞味期限の切れた保存料とため息で腹をみたしてバイトへ向かうのだった。

 

夜勤中に泥酔したカップルが精力剤を買っていて

「これだれが飲むの?」

「おれが飲む」

「そんなの飲まなくてもいつも元気じゃん♡」

ってゆう今年どうでもいいランキング堂々の第1位の話をレジを挟んで聞かされて本当の意味で爆死してほしかった。

ちなみに2位はたまたま飲みにいく事になってしまったブスがはっした「わたし性欲ないんだよね。」だ。ブスはなにも手に入れや出来ないのだからせめて性欲ぐらいは持っておけ。まじで死んでほしかった。

興味のない奴のインスタのストーリーが第3位から100位を占める。

 

 

 休憩中にまた保存料を少し腹に入れながらこの前友達とご飯を食べにいった事を贅沢だったなーと思い出して、あんな風に毎日色んな物を食べれる日が来るのだろうかと少し不安になった。

きっと心にもお金にも余裕がないのだろうと思った。友達とご飯に行った時もずっと音楽の話ばかりしていてなんだか申し訳なさと情けない気持ちが入り混じって嫌になった。粒あん派かこしあん派かとか無人島に1つ持っていけるとしたらとか15秒巻き戻せる能力か毎日1万円貰えるのだったらどっちがいいかとかそんなどーでもいい話をすればよかった。苦し紛れの心理テストで精一杯だった。

 

それでも俯いてばっかりいられない。ほんとは前なんて向きたくないけどそうも言っていられない。死ぬまでにやりたい事がまだたくさん残っているから今日も俯きながら物差しの目盛りみたいに均等に並ぶ街灯の下を歩いている。いま何センチ進んだかなーと自分でも意味深で変な比喩だと思いながらブツブツ独り言を言って家まで帰った。

 

背中の耳

先日ネゲプロを終えて音作りに関して物凄く勉強させられた。そもそもの音作りも全然出来ていなかったし何より中音と外音の感覚が全く違う事に驚かされた。Liveでの中音は割と音量を小さめでセッティングしていて自分が気持ちがいい音色を作っているつもりだったが外で聞くと全く違った。とにかく高音が痛い。

 

「背中の耳を育てろ」

 

そう言われた。背中で聴く音が外ではどう聴こえるのかわかるようになれと言う。背中で聴こえる音が若干丸くこもって聴こえていてもそれが外やモニターからは綺麗に抜けている事が多いらしい。プレイヤーとして演奏して客目線でLiveを考えろと言われた。自己満足で自分に聴こえる音だけを気持ちよくしていてはいつまで経ってもダメだったみたいだ。というか背中の耳を育てろっていうのはその音を気持ちいい音だと認識できるようになれという言葉だったのだろう。でも外音を作るPAを信じる事も大事とも言われて自分の中にクエスチョンマークが浮かんだがきっとまだ気付けていない領域なのだろうと思った。

 

 

実際ゲネプロでは物凄く綺麗に抜けていて格段に音が良くなったように聴こえたが後日スタジオに入って同じセッティングで試してみると音自体は素晴らしかったがやっぱりなにか丸く埋もれて聴こえてしまうような気がした。

だがこれでいいのだろう。

背中の耳を育てるのにはまだまだ経験と知識が足りないみたいだ。

 

 

他にも色々とアドバイスを受けたが書き出すとキリがないので今日はこの辺で。