神様はきっと見てるから。

2015年9月2日。私は星になった。

 

「こっから見える1番光ってるあの星にお前の名前をつける。そうしたら無理してでも上向いて歩いたらお前を思い出す事が出来るやろ?お前を思い出せれば自然と笑顔になるやろ?」そう言った後あなたはセリフとは似合わないタバコに火をつけた。私は車椅子に座りながら左腕に刺さった注射ばりに目線を落としたまま口だけをかすかに動かした。

「ロマンチストのつもり?縁起でもない。私が星になるって事?そもそも季節が変わったら見えへんくなるやん……」

「…………………ごめん」

……なにか言いたそうにしていたが長い沈黙の後あなたはそう答えた。そうゆう事じゃないのに。私は心の中でどちらに毒づいたのかわからなくなった。黙っている私にあなたは色んなジョークを混ぜて話したけれどそれでも私は笑えずにいた。

最初病院の屋上で星を見ようなんて言い出した時はもうちょっとマシな誘い方はないのかと笑う事すらできなかった………でも本当は嬉しかった。あなたの事がわかった気がした。…あなたはそんな意味で言ったんじゃないと分かっていたけど…けれど私はもう星になりたかった……

 

周りの人はみんな私に気をつかった。残された時間を精一杯楽しめるようにって。それが惨めで仕方なかった。優しさを感じつつそれが憤りに変わっていくのが自分の中で手に取るように感じた。癇癪だって頻繁に起こした。私が無理に暴れるたびに病室は悪魔だって同情するぐらい哀しみにあふれた。その度に1本何万とするわけの分からない注射を打たれた。そして私は眠らされた。そして母は泣き崩れた。そして父が荒れた病室を静かに片付けた。病室に添えられる花の花瓶が何度変わっていったのか考えながら次の翌朝を過ごした。答えがでないまま食欲もわかないまま用意された食事に手をつけないでベッドの布団に包まって眠くなるのを待った。ただただ死にたくないから生きている日々だった。なにもしなくてももうすぐ死ぬのに。

 

毎週土曜日の夕方頃にあなたはいつも病室に訪れた。果物といつもと同じ黄色のマリーゴールドを今日も持っていた。

「なんでいつもその花なん?」

「………綺麗やろ?1月13日。お前誕生日やろ?誕生花。おれ賢くないから花屋さんに聞いてん。お前の誕生日言ってそれくださいって。それでいっつもこれ。見た目も綺麗やし気に入って……」

 嬉しいとも悲しいとも鬱陶しいともとれない顔をしてしまったような気がして反省した。そんな事ができるあなたが私は羨ましかった。しばらくの間あなたは私を屋上に連れていく事をしなくなった。病室で私に最近の出来事を楽しそうに話すだけになった。私はやっぱり笑えなかった。いつも消灯の時間ギリギリまであなたは私の横に座っていた。「じゃあそろそろ帰るわ。」今日の彼はそういってからが長かった。ふいに私の後ろの窓を眺めて物思いにふけっているような表情をした。

しばらく黙っていたけどあまりにぼーっと外を見えいるので聞いてみた。

「どうしたん?」

「…来週…久しぶりに星観に行こか……なんかニュースで来週の土曜日はすごい晴れてて夏の大三角が綺麗に見えるって言ってて。行けへん?」

「…うん、わかった。」

「うん、じゃあまた来週。」

そういってあなたは病室を出ていった。

 

私の身体は確実に死に近づいていっていたものの現代の医療はものすごく進化していて身体的な面に関してはギリギリまでごく普通の人と変わらない生活を送る事ができた。毎時間左腕の管の中身を入れ替えていることと大量の錠剤を渡される事を除いて。

 

週末左腕に刺さった薬の中身を看護婦さんが変えにきた時にテーブルに飾っている花を見て気になっていたと言わんばかりの様子で話した内容に私は奇妙な感覚に襲われた。

「いっつもマリーゴールド。しかも黄色。これ誰にもらったん?変わってるでしょその人。」

「え?」

「黄色のマリーゴールド。小さくて丸くて可愛らしい見た目やけどこれの花言葉って絶望とか悲しみとかってゆう花姿からは想像もできひんような花言葉やねんで。こんなんゆうのもなんやけど入院してる人に渡す花じゃないかなー。」

「……でもそれ私の誕生花らしいです。花屋さんに聞いて選んでもらったって。」

「あ、そうなん!?でも私高校生の頃花屋でバイトしてたからわかるけどそうゆう勧め方ってせえへんと思うで?誕生花は複数あるしお花屋さんは誕生花とかより花言葉優先して勧めたりするから。しかもよりによってその花言葉やし、普通やったら別の誕生花選ぶと思うけどなー」

「………」

私の中に恐怖のようなモヤモヤしたなにかが湧き始めたがそれは次の看護婦さんの言葉で吹き飛ばされた。

「ってゆうのは普通の意見やけどね」

「え?」

「さっき変わってるやろその人って言ったやろ?それはそうゆう事。」

「どうゆう事ですか?」

「聞きたい?」

「……はい。」

一瞬もったいぶったように笑った看護婦さんは子供にプレゼントを渡すような表情で話し始めた。

「これは私の想像の話やけど黄色のマリーゴールドって確かに絶望とか悲しみってゆうマイナスのイメージがある花やねんけどだからこそ反対の意味もあるねん。この花は悲しみのドン底におる人とかそこから這い上がれずにおる人に対して渡す事もあるねん。苦しいあなたにきっとこの花が寄り添ってくれるよって。元気出してってゆう意味でな。人ではなくて花が寄り添ってくれるってゆう表現私はすごい素敵やと思うな。だれかの苦しみを代わってあげることはできひんし、100%理解してあげる事もできひんから、きっとどんな言葉をかけてあげたらいいんかわからんくなっちゃったんやろな。だから黄色のマリーゴールドをきっとそうゆう意味でいっつも添えてたんちゃう?すごい素敵やな。大事にしいや。じゃあお大事に。」

そういってポンっと私の左腕を軽く叩いて仕事をテキパキと終わらせた看護婦さんは病室を後にした。

 

 その夜私は彼の事を思って泣いた。

携帯で調べたら1月13日の誕生花は全く別の花だった。自然と出てくる感謝の言葉は私をなにかの呪縛から解いてくれたような気がした。直接伝えたかった。それと同時になぜ彼が星を観に行きたがるのか不思議に思った。でもその答えが見つかる前に私は眠ってしまっていた。

 

土曜日あなたはいつもと同じように新しいマリーゴールドを古いマリーゴールドと取り替えた。りんごをひと口サイズに切っているあなたに私から屋上に行きたいと初めて口にした。りんごを食べ終わった後で星を観るにはまだ少し早かったが屋上に上がった。

外は予報通り晴れていて心地よい風が吹いていた。群青とオレンジとピンクと紫が混ざった綺麗な黄昏の空をしていた。この景色をいつまでも観ていたい。本気でそう思った。そう思うと急に自分の運命を実感して辛くなったがそれを心に押し殺して私は口を開いた。

「わかりにくいわ。」

「え?」

マリーゴールド。適当な嘘ついて伝わると思ったん?看護婦さんが教えてくれた。言ってくれなわからんて。」

 「そっか。ちゃんといつか言うつもりやってんけどな。ごめんな。」

「……ありがとう。ほんまに嬉しかった。私自分があとなんぼ生きられるか分からんけど精一杯生きようってほんまに思った。ほんまに」

そう言った途端そこまで来ていた何かが目から流れ落ちた。色々言いたい事があるはずなのに。いちど流れたそれはもう止める事が出来なかった。恐怖と感謝と決意と反省、色んな色をしたそれは私の目からとめどなく溢れた。あなたは私の肩をなにも言わずにただ抱き寄せた。私はそこでただ泣き続けた。

 

「感謝の言葉色々言いたい事あったのに。」

そういってしばらくして落ち着いた後私は顔を上げると彼の目からも同じものが流れていた。震える声で何かを言いたそうにしている。

無理な笑顔を作って所々途切れながらあなたは言った。

「……大丈夫。なにも言わんでいいよ。……だって神様はきっと見てるから…」

私はつい笑ってしまった。あなたのジョークで初めて笑えた。あなたの前で初めて笑った。入院して以来初めて笑った。涙を流しながら笑った。それはきっとこの世でもっとも美しい涙だと思った。もう眠くなるまで布団に包まってじっと待つ必要はなくなる気がした。少なくとも今夜は。だって今日のこの瞬間より美しい夢なんて存在しないのだから。

 

気付けばあたりはすっかり暗くなっていた。私達は2人で同じ空を見上げた。雲はほとんど無く都会にしてはよく星が見える方だった。満天の星空にはほど遠かったがそれでも空に指を指して見える星の数を一緒に数えた。星を観に行くのが不思議に思っていた事を話した。あんな物思いにふけったような顔をするからなにかあるんじゃないかと問い詰めたら正直に話してくれた。

「1月13日。誕生花の話おれ嘘ついたやろ?あれほんまは花じゃくて星やねん。」

そう言ってあなたは空に指を指した。

「デネブ。あの1番光ってる星。1月13日の誕生星はデネブ。……だから言ったやろあの時。こっから見える1番光ってる星にお前の名前をつけるって。それはそうゆう事やってん。」

あなたまたセリフに似合わないタバコに火をつけてから照れ気味に星の話をし始めた。そんな事あの時に理解できるはずがないという呆れた感情を抱きながら星を見上げて話すあなたの横顔を見ながらまた幸せの涙をひと粒こぼした。

 

少しづつ癇癪もなくなっていき花瓶はずっと同じままだった。黄色のマリーゴールドが今日も綺麗に花を咲かせて私にいつでも寄り添った。今日は1人で屋上に上がる事にした。あなたとのここでの想い出を振り返った。今日もあの日に似た綺麗な黄昏の空だった。風が私を追い越していった。あなたが言った神様の話を思い出してまた少し可笑しくなりながらその話を信じてみる事にした。……ありがとう。もう大丈夫。私の人生を生きていく。

 

2015年9月2日。私は黄色いマリーゴールドになった。