家族

なんとなく、思い立ったように日記を書いてみる。夜8時半にカフェで化粧をする女を見て勝手に空虚で哀しい人だなぁ(そうゆう人でいて欲しいという願望に近い)と思った。

 

年末はインフルと肺炎にかかってしまい、40度の熱が6日間続いた。その上療養中に自暴自棄になってしまい、すっかり人間としての営みに疲れてしまったように感じる事もあった。人と接するのも億劫になってしまって家で1人ひきこもる事で偽りのない自分で居られるような気がした。他人の顔色ばかり伺って恥を上塗りし続けてきた。だから人に愛される事をこんなにも恐れてしまうのだろう。他人は他人の心は分からないのだからお互いなにもかも間違って見えている気がして、そんな考えばかりが頭の中を巡り続けて生きてきたのだから人に愛を訴えられて怖くならないわけがない。でも何故だろう。そんな考えばかりなのにそれでも愛されたいと嘆く事もある。

 

そんな療養中久しぶりに兄が私を訪ねた。

中学を最後に複雑な事情で兄は東京に1人で出ていった。それ以来ほとんど会う事はなかった。昔から兄と私は何もかもが似ても似つかなかった。彼は頭が良く私や周りにいる同世代の人とは少し違った考えを持っていた。

酒は飲みたかったが食欲もあまりなかったのでやめた。彼は1人で飲み続けた。昔の話をした。私達は母親1人に育てられた上に父親が違い、兄の顔は完全に父親似という境遇から兄は子供の頃から言い表す事のできない罪悪感に苛まれていたらしかった。母は昔から父親の話をしようとするとすぐ嫌な顔をした。本当に嫌いなのだろう。その父親にそっくりの兄をどう思っていたのか、兄と母を思い心が痛くなった。

 

子供の頃から兄は2人でいる時はしきりに顔も知らない父親の話をしたがった。それに興味を示す事も共感できないのもきっとそうゆう事なんだろうと思った。今年の年始に祖母の家で家族皆で集まったらしい。お酒で気分をよくした祖母が古いアルバムを引っ張りだしてきて私達の父親の写真を出した。母は凍ったような表情になり祖母を本気でしかりだしたらしい。兄は開き直って写真を凝視し続けた。ほんとうに自分にそっくりでびっくりしたと笑いながら言っていた。

2時間程話し込んだあと兄は帰り際私にお年玉と言って袋に入った現金を手渡した。それを受け取る事を幸せと感じる事のできない自分が物凄く嫌になったがありがとう、また会おうとお礼を言ってそのまま別れた。

家に帰り体調がまた悪くなってきたので解熱剤を飲んで横になりそのまま気づけば眠っていた。